両親の昭和20年3月10日 [家族の思い出ばなし]
2022/3/10(木)
東京大空襲
両親は昭和20(1945)年3月10日の東京大空襲の事を私たち姉弟によく聞かせてくれました。
父は大正9(1920)年生まれ 母は昭和6(1931年)生まれ。
家は日暮里にあり、いわゆる 疎開道路 の向こうっ側だったので、なんとか燃えずにすんだと。
東(墨田区の方)は真っ赤で昼間のように明るかった。
父は上野の山で戦闘機に機銃掃射されて大きな木に隠れて、谷中の墓地で一晩過ごした。
その時の戦闘機を操縦してた兵士の顔、ゴーグルしてるのがよく見えた。
建物がすっかり焼けて、日暮里の駅がよく見えた。
両親の昭和20年3月10日です。
戦時中の話しは、いろいろ聞いてます。
体験をした両親がいてとっても良かったです。
タグ:東京大空襲
2022-03-10 17:49
コメント(4)
実体験のある人の語りは、とてもリアルですね。
私の両親もそのくらいの世代なのですが、東京の田舎の方なので
そういう話は聞けませんでした。
by sakamono (2022-03-10 23:55)
昨日「戦争中のわがまち」を話してもらい、記録する集まりをしました。アップしています。
by 夏炉冬扇 (2022-03-11 07:21)
sakamono さま
戦争はやだ って、いつも言ってました。
by にゃごにゃご (2022-03-11 07:31)
夏炉冬扇 さま
焼夷弾がやだ って言ってました。
by にゃごにゃご (2022-03-11 07:33)